心に響く
春の日差しが眠気を誘う。
幾日にも渡り続いた激務に疲れ果てた身では、抗うこと叶わず、容易くその温もりへと落ちていった。
風に感じられる暖かさに、は頬を緩めた。
「もう春なんですね―――…」
春特有の甘い香りが鼻を掠め、の心を和ませる。
―――やっと逢える。
ここ数日仕事に追われているらしい想い人に、はもう一週間逢っていなかった。
彼は呉を率いる大切な任務を負っているのだから仕方無い。
そんな彼から伝言が届いたのが、昨日の夕方。
―――やっと仕事に一段落付けられた。明日は共に過ごせる―――
だから今、はこうして城の中庭―――二人がよく共に過ごす場所―――で彼、周瑜を待っていた。
そろそろ約束の時間が来る。一週間ぶりの彼は、また少し痩せてはいないだろうか…
そしたら、何か美味しい物でも食べに行こう。
次々と取り留めのないことを考えながら、は周瑜が現れるのを待った。
「―――周瑜様…?」
ところが、約束の時間が過ぎても、彼が現れる気配は無かった。
几帳面な彼があからさまに遅刻をすることなど無いのに…は首を傾げた。
しかし、伝言してくれたのは陸遜…彼が間違えるとは思えない。
「でも、時間は沢山あるし…待っていれば、いいですね」
は木陰に腰を下ろし、暫し春の風景を楽しむ事にした。
『済まない、仕事の為とはいえ…なかなか逢えぬな』
『大丈夫…周瑜様がそうやって少しでも私の事を考えて下さるなら…』
…私は、十分幸せなのです。
それは本当に心底そう思ってくれている事の証のような柔らかな微笑みで、それと共に発せられる言葉達で。
彼女がどれだけ自分を救っているか、恐らく本人は解っていないのだろう。周瑜の表情にも知らず笑みが浮かんだ。
『…』
何故此程までに、この存在は温かいのだろう。
『…ありがとう』
穏やかな微笑みが心を和ませる。
温かい、春の日差しと愛しい人。
「…」
自分の声ではっと目が覚めた。
穏やかな陽の光は大分西に傾き、午後の空はそろそろ朱に染まり始めようとしている。
朝からこんな時間まで、自分はずっと眠っていたのか―――
「…っ!」
―――大切な存在を待たせて…
周瑜は慌てて待ち合わせた中庭へと走った。
「…っ…」
冷静な彼には珍しく、息を切らせて走ってきた周瑜の瞳に映ったのは、木陰で大樹に身を任せ、すやすやと眠る大切な恋人の姿。
何時から眠っていたのか解らないが、今朝からずっとこの場所で待ち続けてくれていた事は確かで。
それでもの寝顔には不安の一欠片も感じられなかった。
自分が来る事を信じて疑わないその純粋な思慕に、またしても喜びを感じる自分が居る。
「…済まなかった」
心地良さそうなの眠りを妨げまいと、そっと囁いた周瑜は優しくを抱き締めた。
瞬間、腕の中に広がる温もりが心に染みる。
愛しい、と思う。周瑜は溢れる自分の感情を止める術を知らなかった。
例え眠っていても、は確かに周瑜の存在を感じている。
穏やかな寝息は幸せの色を増し、表情には僅かなはにかみの色が浮かんだ。
大切なひとが来てくれた…久しぶりに逢えた。夢の中までもが、淡い春色で彩られてゆく。
「周…瑜さま…」
甘い音声で紡がれた自分の名前に、周瑜は柔らかに破顔した。
―――明日は、仕事を少々押してでもと共に過ごそう。
だから、今日はもう少しこのままで。
空は既に鮮やかな朱に染まっていた。
大きな木の下で寄り添う二人―――長く伸びた影さえも、少したりとも離れないように。
乱世から切り離された、静かで穏やかな空間で…
この瞬間を、永久に留めるかのように。
*
*
*
なんかほとんど寝てるばっかりの甘甘でしたね;
書きたかったのは、余り多くの言葉を使わないでも心が通じ合うような、絆の強い二人…です。一応。
お互いの名前ばっかり呼んでるんですよね。
大切なひとが心を込めて呼んでくれる自分の名前って、どんな綺麗な言葉よりも『心に響く』と思うんです…なんて///
そういう所を文章で表現出来るようにないたいなぁ…と思います〜。
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