たいせつ
「―――太乙真人様!」
「あ。来たね、」
「太乙様、私が出ます」
此処―――乾元山金光洞の主を呼ぶ声に、中に居た二人が反応する。
一人はこの洞の主である太乙真人、もう一人は同じく十二仙である玉鼎真人の弟子・。
呼び声の主は、楊ゼン―――の兄弟子である。
はたたた、と走って玄関へ向かう。
「師兄!」
「っ?大丈夫なのか?」
楊ゼンがここへ来た理由はこの少女にあるのだ。
楊ゼンはをじっと見、後ろから後を追ってきた太乙に視線を移す。
「お久し振りです、太乙真人様」
「は大丈夫だよ、楊ゼン君。ちょっと捻っただけ」
「そう、ですか…」
が、修行の途中に怪我をしたと―――太乙に手当をして貰っていると白鶴童子に聞いて、急いで此処に来た。
当のは元気そうで、心配が解けた楊ゼンはふぅと溜息を吐く。
「ごめんなさい師兄、わざわざ…」
「良いよ。ありがとうございました、太乙様」
そんな楊ゼンを見て焦るの頭をぽんぽんと撫で、楊ゼンは太乙に頭を下げた。
「全然。今度は気を付けなよ、」
「…はい」
「怪我じゃなくて、普通に遊びに来てくれるのを待ってるから」
「はい!」
ぱあぁ…と笑ったに、太乙と楊ゼンは揃って瞳を細めた。
釣られるように、口許が緩む。
「帰ろうか」
「はい師兄。太乙様、お邪魔しました!」
「うん。またね、」
帰り道。
楊ゼンは自分の後ろを付いてくる少女に合わせて歩く速度を緩める。
一見頼りない、まだあどけない少女。
こうして怪我をしては太乙に世話になる事もしょっちゅうなのだが、こう見えてもは楊ゼンに勝るとも劣らない天才道士だった。
ただ、その能力は戦闘向きではなく―――癒しの、術を使える。
自分自身の傷は治せないらしいが、その力は群を抜いて素晴らしいものがあった。
ただ、普段はやはりそういう風には…見えない。
「…今度はどうしたんだい?」
「…相手の剣を上手く受けられなかったんです…それで、手を」
彼女の細腕はどうしても力の面で劣る。
苦笑する楊ゼンに、は拗ねたようにぼそっと呟いた。
「…もうちょっと、だったんですよ?」
―――ああ、こういう所は本当に鈍いものだから…
頑張り過ぎる彼女に振り回される周囲の者達…皆して心配で心配で気が気じゃないなんて言うことも、その負けず嫌いさが余計に放っておけないんだと言うことも…知らずに。
何時も苦笑する。でも、誰も厭うてはいないこの―――温かい気持ち。
本当に兄のような心境で、楊ゼンはの手を取って金霞洞への道程を行く。
自分以上に神経を磨り減らしているであろう、師のもとへ急ぐように。
「本当に―――気を付けろよ、…」
「…はい師兄」
素直にごめんなさい、と謝るから。
「君が悪い訳じゃないけど」
可愛くて…くす、と笑ってしまう。
またムキになるだろうなぁと思いながら…優しい気持ちで。
「師匠〜!」
金霞洞に戻ると、先程まで元始天尊のもとへ呼ばれていた洞主は既に戻っていた。
予定よりまだ随分と早い―――これもいつものことなのだが。
は嬉しそうに師のもとへ駆け寄る。
「師匠!」
「只今戻りました、師匠」
「ああ、お帰り…、楊ゼン」
穏やかな笑みで迎える玉鼎は―――恐らくは、を一目見て彼女の怪我の状態まで把握したのだろう。
大事ないと解っている顔だ。
心配して予定を早めて帰ってきたのだろうに、そのことを気にするでも、に説教をするでもなく。
ただ穏やかに、彼女の髪を撫でる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です…ごめんなさい、師匠」
とて、師の心遣いを理解している。
またしても心配させた―――そうしてしゅんとするに。
「お前が無事なら…私はそれだけで良いのだよ、」
優しい笑顔を向ける。
楊ゼンは尊敬する師と可愛い妹弟子、二人の仲睦まじさが我が事のように嬉しく感じられた。
「では師匠、僕はもう暫く修行に戻ります」
「ああ、私も後で行こう」
「頑張って下さいね、師兄!」
少しだけ気を利かせて、楊ゼンは二人を残して再び外に出た。
それに当然気付いた玉鼎と、何も解っていない。
それぞれの心からの笑顔で、彼を見送った。
「おいで、。今日は休むと良い」
そう言って玉鼎は手を差し出した。
素直に彼のもとへやって来るの…手を、取らずに軽く抱き上げて、玉鼎は彼女の自室へ向かう。
「…師匠、足は怪我してないですよぅ…///」
恥ずかしいです、と。
頬を染めながらも嫌がらないに微笑んで、彼女を寝台に座らせる。
「」
包帯の巻かれた細い腕を、玉鼎の長い指が辿る。
そっとその手を取って―――壊れ物に触れるように柔らかに、彼はその白い布に唇を落とした。
湿布の香りがつん、と何処か甘さを含んで互いの鼻孔に届く。
「…痛くはないか?」
「…もう大丈夫、です///」
本当はほんの少し、まだ痛かったのだけれど。
師匠がこんなに傍にいるから、どきどきの方が大きくて気にならなくなってしまった。
「―――そうか」
緩やかに抱き締めて、そっと髪を撫でてくれるこの、大きな手。
大好きで大好きで―――どうしようもないくらい。
玉鼎が何も言わないので、も腕の中に居るままに彼の黒く長い髪を指でくるくると弄んだ。
暫くその静かな触れ合いが続き―――やがて、玉鼎が己の髪に触れるの手を優しく包み込んだ。
そっと、髪から指を離すように。
師が、自分のすることを止めることは滅多に無い。
不思議に思っては首を傾げながら、彼の顔を仰ぎ見た。
「師匠?」
「―――あまり、煽ってくれるな」
苦笑して、呟く。
自分の余裕の無いところも包み隠さず―――はっきり言わねば、この娘は解らないだろうから。
の前で、何も隠すものなど、無い。
「…ち、違―――ふぇ」
勿論、そんなつもりは毛頭無かったのであろう。
見る見る顔を紅くする愛弟子の唇を掠めるように―――そっと、口付けて。
「し、しょう…///」
「…?」
何かを促すように上げられた語尾。
何が、とは聞かなくても解る。恥ずかしいけれど、それはとても大切な…
「…玉鼎真人さま…」
『師匠』ではない―――愛しい男の人、としての貴方の名前。
玉鼎は今一度、今度は先程より深く、長く…小さな唇を奪って。
少し潤んだ瞳がそっと閉じられたのを見て、ゆるりとその体を押し倒す。
唇を、離して。
―――玉鼎は真っ赤になった彼女の体の上から退いた。
「疲れただろう、少し眠れ―――」
上掛けを掛けてやり、ぽんぽんと頭を撫でる。
「…私が戻るまで、だ」
その後で、また。
そう言って珍しく…悪戯に笑った玉鼎に、は口を尖らせてそっぽを向く。
「…もう、知りません///」
そういう所が余計に可愛いのだと。
我慢も紙一重な師の心を知ってか知らずか―――恐らく知らないだろうが、は布団に潜り込んでしまった。
玉鼎は普段の彼の精悍な顔立ちからは想像出来ないほどの笑顔を見せて。
本当に可愛すぎて困る愛しい少女の部屋を出て、もう一人の愛弟子のもとへと向かった。
幸せとは、こういう事を言うのだろう―――…
その後、生真面目にも約束を違えずやって来た師に楊ゼンは苦笑した。
ちゃんと自分も気に掛けてくれる師に対する嬉しさと、その几帳面さへの呆れ。
そして、可愛い妹を男から暫し遠ざけられたと言う―――してやったり、な。
平和な金霞洞師弟三人の日常は、まだ長く長く―――続いて行く。
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初封神は玉鼎師匠でした♥
少々マイナー?いえいえ、珠瓔は一番好きなんですよ。楊ゼン(&太乙)も大好きなので出しゃばってますが(笑)
可愛いヒロインを寛大に包み込みつつも振り回される師匠(笑)変ですね、最初は只管大人師匠の筈が。ほのぼのカップル。
封神は大部分ヒロイン固定でいきたいです。
三つの国に分かれたりしないので(笑)お相手が何方でもやりやすいのです〜。
+おまけ+
「…」
夕刻、楊ゼンとの修行を終えて玉鼎が戻って来た時にははすやすやと寝息を立てていた。
触れてしまいたいと、思わないことはなかったが―――起こすにも、忍びなくて。
「―――だが、…」
私が戻るまで、と言ったのだから。
そうして玉鼎の手がに触れようとした…その、寸前。
「師匠、太乙真人様がお呼びだそうです」
扉の外から聞こえた楊ゼンの声で、動きは止まってしまった。
「…そうか、解った」
―――彼は気付いただろうか、楊ゼンの物言いは少々曖昧だったのだが―――
仕方がない、と部屋を後にする玉鼎の背中を。
楊ゼンの申し訳なさそうな、且つ笑いを堪えた表情が見送った。
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楊ゼンさんのヤキモチでした♥
珠瓔の夢小説は、みんなに愛されるのが基本なのです。ごめんなさい師匠&続きを期待された読者様(笑)
ありがとうございました。ブラウザを閉じてお戻り下さい。